【サラリーマン奮闘記】第16話「密室の罠」

オリジナルマンガ

ある日の午後。タケルは斎藤課長に呼び出され、会議室へと向かっていた。嫌な予感はしていたが、それは的中する。

「タケル、今期の売上報告だがな――」

ドアが閉まった瞬間、課長の声色が変わる。机の上に置かれた資料には、大きく赤字が記されていた。

「……これはな、ちょっと“調整”が必要だ」

その言葉の意味はすぐに理解できた。

「別プロジェクトの経費に付け替えとけ」

「文字に残すとまずいからな。こうやって“口頭”で言ってるんだ」

ニヤリと笑う課長。

「俺の言いたいこと、分かるよな?」

完全なデータ改ざんの指示だった。

さらに追い打ちをかける。

「やらないなら……次のボーナス査定は最低ランクだ」

静かな圧力。

タケルの胃が、じわじわと痛み出す。

(……密室での口頭指示)

(昔なら、証拠も残らず終わるやつだ)

しかし今は違う。

タケルは無言でノートPCを開く。

今月から社内に導入された新システム――
AI自動議事録ツール

会議中は起動必須。音声を自動で記録し、文字起こし・要約まで行う。

画面の端にあるボタン。

「録音・文字起こし開始」

タケルは静かにクリックした。

課長は気づかない。

「いいか、数字をいじるだけだ。簡単だろ?」

「お前のためにもなるんだぞ?」

その一言一句が、すべてテキストへと変換されていく。

さらに、AIは自動で要約を生成する。

・アクション:経費データの改ざん
・指示者:斎藤課長
・補足:ボーナス査定による圧力

完璧だった。

約1時間後。

「じゃあ、あとはうまくやっとけ」

満足げに立ち上がる課長。

タケルは何も言わない。

ただ、画面を見つめる。

そして――

【共有】

宛先:部署全員(部長・総務含む)

ターン。

数分後。

フロアの空気が一変する。

「斎藤課長」

総務のミユキの、氷のような声。

「先ほどの会議のAI議事録について確認させてください」

その横には、怒りで顔を赤くした部長が立っている。

「“データ改ざんの指示”および“ボーナス査定による強要”と記録されていますが」

「事実ですか?」

課長の顔が一瞬で青ざめる。

「な、何を言ってるんだ!」

「そんなこと言ってない!」

しかし、ミユキは冷静に画面を操作する。

「音声データも添付されています」

再生ボタン。

――「数字をいじれ」
――「やらないならボーナス下げるぞ」

会議室での会話が、そのまま流れる。

完全な証拠だった。

「な、なんだこのAIは……!」

「密室の話だぞ!!」

課長は叫ぶが、もう遅い。

部長が一歩前に出る。

「密室だろうが何だろうが関係ない」

「これは明確な不正指示とパワハラだ」

その一言で、すべてが終わった。

静まり返るフロア。

タケルは自席に戻り、引き出しを開ける。

いつもの胃薬を取り出し、水で流し込む。

痛みはまだ残っている。

だが今日は、少し違う。

(……AIは、嘘をつかない)

そう心の中でつぶやきながら、タケルは静かに息を吐く。

――密室は、もう存在しない。

そして今日もまた一つ。

小さな勝利が、確かに積み上がっていた。