【サラリーマン奮闘記】第19話「位置偽装の罠」

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今月、オフィスは大きな変化を迎えていた。固定席が廃止され、完全フリーアドレス制へ移行。そして同時に導入されたのが、「社内位置情報システム」。社員全員が身につけるスマート名札型ビーコンにより、誰が今どこにいるのかが、専用アプリ上でリアルタイムに可視化されるというものだった。

「これで無駄な探し回りがなくなりますね」
総務のミユキは淡々と説明するが、その裏にある“監視機能”に、社員たちは内心ざわついていた。

そんな中、当然のようにこのシステムを“回避”しようとする人物が一人。

斎藤課長である。

「タケル……いや、今日はマサシだな」

ニヤリと笑いながら、首から下げたスマート名札を外すと、マサシに押し付ける。

「俺はちょっと地下の喫茶店で“戦略的休憩”だ。この名札、お前のデスクの横にでも置いとけ。これで俺は“仕事中”に見える」

堂々たるサボり宣言に、マサシの胃が静かに痛み出す。

(……位置情報の偽装を部下にやらせる上司って何なんだ……)

だがマサシは何も言わない。無表情のまま名札を受け取り、静かに立ち上がる。

(……システムは、正しく使うべきだよな……)

そう心の中でつぶやきながら、向かった先は――最上階。

そこではちょうど、「次期役員人事」に関する極秘会議が行われていた。

重厚な扉の前に立つマサシ。

一瞬だけ周囲を確認し、そっと斎藤課長の名札をドアノブに引っ掛ける。

「……これでいい」

カチャリ、と小さな音を立てて、偽装は完了した。

数時間後。

地下の喫茶店でゆっくりと時間を潰していた斎藤課長が、満足げにオフィスへ戻ってくる。

「ふぅ……有意義な戦略的休憩だったな」

しかし、その足取りは途中で止まる。

フロアの中央で、部長とミユキが仁王立ちしていた。

「斎藤課長」

静かだが、逃げ場のない声。

「システム上、あなたは本日3時間にわたり――」

ミユキがタブレットを掲げる。

「第一役員会議室のドア前に滞在していたことになっています」

空気が凍る。

「極秘会議の盗み聞き、あるいは内部情報の不正取得……その疑いがありますが?」

斎藤課長の顔が一瞬で青ざめる。

「ち、違う! 俺はそんなところにいない!」

必死に否定するが、さらに追い打ち。

「では、どこに?」

その問いに、反射的に口が動いてしまう。

「地下の喫茶店でサボって……あっ」

言った瞬間、自分で気づく。

完全な“自爆”だった。

場の空気が一段と冷え込む。

部長は深いため息をつき、静かに言う。

「……どちらにしてもアウトだな」

言い逃れは、もうできない。

連行されていく斎藤課長の背中を見送りながら、マサシは静かに席へ戻る。

引き出しからいつもの胃薬を取り出し、水で流し込む。

(……見える化って、怖いな)

そう思いながらも、その表情はどこか少しだけ軽い。

今日もまた一つ。

誰にも気づかれない、小さな一手。

**「小さな勝利」**を、静かに積み重ねたのだった。