オリジナルWeb漫画:サラリーマン奮闘記シリーズ 第14話
【今回の見どころ】
今回のテーマは、「データは、言い訳よりも雄弁。」です。
新たに導入されたICカード連携の交通費精算システム。
ICカードをタッチするだけで乗車履歴が自動で取り込まれる便利な仕組みに、若手社員は歓迎ムード。しかし、斎藤課長だけは相変わらず不満顔です。
そして飛び出した一言。
「変なのが混ざってたら、適当に書き換えとけ。」
その瞬間、タケルだけでなく読者も思わず
「それはダメでしょう……」
とツッコミを入れたくなります。
ところがシステムは容赦ありません。
表示された履歴は、
「後楽園」
「府中競馬正門前」
あまりにも正直すぎる移動履歴に、思わず笑ってしまいます。
そしてタケルは改ざんすることなく、
「そのまま申請」
をクリック。
派手な反撃ではありません。
「事実をそのまま提出する。」
それだけで状況が動いていく展開は、タケルらしい知的な勝利です。
翌日、総務・ミユキから放たれる一撃。
「弊社はいつからJRAとお取引を開始したのでしょうか?」
この静かな皮肉は、本作屈指の名台詞ではないでしょうか。
苦しい言い訳を重ねる課長と、感情を一切交えず淡々と事実を確認するミユキ。
最後は監査部への報告という現実的な結末となり、
「ICカードの履歴は、嘘をつかなかった。」
という締めが、この作品のテーマを見事に表現しています。
そして今回も、胃薬を飲みながら静かに「小さな勝利」を噛みしめるタケル。
安心感のあるラストが、このシリーズらしい余韻を残してくれます。
【本文】
これまで数々の「システム敗北」を重ねてきたにもかかわらず、斎藤課長の姿勢はまったく変わらなかった。アナログ信仰と自己都合の解釈は今日も健在である。
そんな中、今月から社内に新たな仕組みが導入される。
その名も「ICカード連携・交通費精算システム」。
社員が使っているSuicaやPASMOを専用端末にタッチするだけで、乗車履歴が自動で取り込まれ、そのまま交通費として申請できるというものだ。手入力によるミスや不正を防ぐ、まさに現代的なシステムだった。
若手社員たちは「これで楽になる」と歓迎するが、当然のごとく斎藤課長は不満げな表情を浮かべる。
「こんなもん、面倒なだけだ」
そう言いながら、自分で操作することはせず、ICカードをタケルに向かって無造作に投げた。
「タケル、俺の交通費、今月分まとめてやっとけ」
そして、周囲を気にしながら小声で付け加える。
「いいか……履歴に変なのが混ざってたら、適当に書き換えとけ」
「“A社訪問”とか、それっぽくしておけばいい」
その言葉の意味は明白だった。
課長は、外回りと称して業務時間中にパチンコやサウナ、さらには競馬場にまで足を運んでいたのだ。
タケルの胃が、じわりと痛み出す。
(……それって、不正どころか横領では……)
席に戻ったタケルは、まずシステムのマニュアルを開く。
そこには赤字で、はっきりとこう書かれていた。
『IC履歴の改ざん(手入力上書き)は重大なコンプライアンス違反とみなします』
タケルはしばらく画面を見つめる。
(つまり……僕に不正の片棒を担げと)
小さくため息をつきながら、専用端末に課長のICカードをタッチする。
ピッ。
画面に表示された履歴は、想像以上に分かりやすかった。
『火曜 14:00 後楽園』
『木曜 15:30 府中競馬正門前』
(……隠す気、あります?)
タケルは無表情のままマウスを握る。
そして――
手入力は一切行わず、すべての履歴をそのまま選択。
「……データは正確に」
心の中でそう呟きながら、
【そのまま申請】
ボタンを押した。
ターンッ。
翌日。
フロアに静かな緊張が走る。
総務のミユキが、斎藤課長の前に立っていた。
「斎藤課長」
冷たい声。
「水曜15時に“府中競馬正門前”で下車されていますが」
「弊社はいつからJRAとお取引を開始したのでしょうか?」
空気が凍る。
「え……あ、あれは……」
課長の顔から血の気が引いていく。
「取引先との……親睦を深めるための……視察で……」
苦しい言い訳だった。
ミユキは一切表情を変えない。
「就業時間中の不当離脱、ならびに交通費の不正請求」
「監査部へ報告いたします」
その一言で、すべてが決まった。
課長は完全に言葉を失う。
その様子を横目に、タケルは静かに席へ戻る。
引き出しを開け、いつもの胃薬を取り出す。
水で流し込み、ゆっくりと息を吐く。
胃の痛みは消えない。
だが――
ICカードの履歴は、嘘をつかなかった。
そして今日もまた、タケルは心の中で小さく呟く。
(……小さな勝利、ですね)
【作者コメント】
今回は、「交通費精算」と「データの信頼性」をテーマに描きました。
近年、多くの企業ではICカードやスマートフォンと連携した交通費精算システムが導入され、人の記憶や自己申告ではなく、客観的なデータをもとに申請する仕組みが広がっています。
便利になるだけでなく、不正防止や業務の効率化という意味でも、とても重要な変化です。
今回の斎藤課長は、これまでどおり「適当に何とかなる」という感覚でタケルに改ざんを指示しました。
しかし、データは感情にも立場にも左右されません。
正しく記録された履歴が、そのまま事実として残る。
だからこそ、タケルは何も細工をせず、「そのまま申請」するという選択をしました。
この作品では、「誰かを陥れる」ことではなく、「正しい手続きを守ること」が結果として問題を明らかにする、という流れを意識しています。
また、今回登場したミユキの
「弊社はいつからJRAとお取引を開始したのでしょうか?」
というセリフは、厳しく追及するのではなく、事実だけを静かに突きつける総務担当らしい一言として描きました。
『サラリーマン奮闘記』では、職場で実際に起こりそうな出来事をコミカルに描きながら、コンプライアンスや働く上で大切なルールについても、自然と伝わる作品を目指しています。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次回も、斎藤課長の”常識”と会社の”ルール”がぶつかる、新たな騒動をお楽しみにしてください。


