【サラリーマン奮闘記】第14話「交通費精算の罠(恐怖のICカード連携と寄り道の代償編)」

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これまで数々の「システム敗北」を重ねてきたにもかかわらず、斎藤課長の姿勢はまったく変わらなかった。アナログ信仰と自己都合の解釈は今日も健在である。

そんな中、今月から社内に新たな仕組みが導入される。
その名も「ICカード連携・交通費精算システム」。

社員が使っているSuicaやPASMOを専用端末にタッチするだけで、乗車履歴が自動で取り込まれ、そのまま交通費として申請できるというものだ。手入力によるミスや不正を防ぐ、まさに現代的なシステムだった。

若手社員たちは「これで楽になる」と歓迎するが、当然のごとく斎藤課長は不満げな表情を浮かべる。

「こんなもん、面倒なだけだ」

そう言いながら、自分で操作することはせず、ICカードをタケルに向かって無造作に投げた。

「タケル、俺の交通費、今月分まとめてやっとけ」

そして、周囲を気にしながら小声で付け加える。

「いいか……履歴に変なのが混ざってたら、適当に書き換えとけ」

「“A社訪問”とか、それっぽくしておけばいい」

その言葉の意味は明白だった。

課長は、外回りと称して業務時間中にパチンコやサウナ、さらには競馬場にまで足を運んでいたのだ。

タケルの胃が、じわりと痛み出す。

(……それって、不正どころか横領では……)

席に戻ったタケルは、まずシステムのマニュアルを開く。
そこには赤字で、はっきりとこう書かれていた。

『IC履歴の改ざん(手入力上書き)は重大なコンプライアンス違反とみなします』

タケルはしばらく画面を見つめる。

(つまり……僕に不正の片棒を担げと)

小さくため息をつきながら、専用端末に課長のICカードをタッチする。

ピッ。

画面に表示された履歴は、想像以上に分かりやすかった。

『火曜 14:00 後楽園』
『木曜 15:30 府中競馬正門前』

(……隠す気、あります?)

タケルは無表情のままマウスを握る。

そして――

手入力は一切行わず、すべての履歴をそのまま選択。

「……データは正確に」

心の中でそう呟きながら、

【そのまま申請】

ボタンを押した。

ターンッ。

翌日。

フロアに静かな緊張が走る。

総務のミユキが、斎藤課長の前に立っていた。

「斎藤課長」

冷たい声。

「水曜15時に“府中競馬正門前”で下車されていますが」

「弊社はいつからJRAとお取引を開始したのでしょうか?」

空気が凍る。

「え……あ、あれは……」

課長の顔から血の気が引いていく。

「取引先との……親睦を深めるための……視察で……」

苦しい言い訳だった。

ミユキは一切表情を変えない。

「就業時間中の不当離脱、ならびに交通費の不正請求」

「監査部へ報告いたします」

その一言で、すべてが決まった。

課長は完全に言葉を失う。

その様子を横目に、タケルは静かに席へ戻る。

引き出しを開け、いつもの胃薬を取り出す。

水で流し込み、ゆっくりと息を吐く。

胃の痛みは消えない。

だが――

ICカードの履歴は、嘘をつかなかった。

そして今日もまた、タケルは心の中で小さく呟く。

(……小さな勝利、ですね)