オリジナルWeb漫画:フリーター奮闘記シリーズ |テツヤの成り上がり|第5話
副業の失敗から数日が経った。
部屋の空気は、あの日からどこか重いままだった。
スマホを開けば、減った残高が現実として目に入る。
テツヤはそれを何度も見ては、そっと画面を閉じる。
見なければ、なかったことにできる気がしたからだ。
だが、当然そんなことはできない。
工場の仕事中も、コンビニの夜勤中も、ふとした瞬間に思い出す。
(……俺、逃げたよな)
楽をしようとして、結局何も得られなかった。
それどころか、自分の弱さだけがはっきりした。
それが、妙に悔しかった。
ある日の夜。
バイト終わり、コンビニの外で缶コーヒーを飲みながら、ぼんやりと空を見上げる。
特別なことは何もない。
でも、頭の中は妙に静かだった。
(……ちゃんと考えたこと、あったか?)
ふと、そんな疑問が浮かぶ。
これまでの自分は、ずっと「なんとなく」で生きてきた。
大学も、就職しなかったことも、今の生活も。
深く考えることを避けてきた。
考えたところでどうせ変わらない、と決めつけていた。
でも、本当は違う。
「考えてこなかったから、変わらなかった」だけだ。
その事実に気づいたとき、テツヤは小さく息を吐いた。
「……じゃあ、考えるか」
誰に言うでもなく、つぶやく。
アパートに戻ると、テツヤは珍しく机に座った。
散らかった机の上を片付け、ノートを一冊取り出す。
ペンを持つ。
だが、すぐには何も書けない。
(……何書くんだよ)
当然だった。
これまで考えてこなかったことを、いきなり言葉にできるはずがない。
それでも、少しずつ書き始める。
「今の不満」
「嫌なこと」
「できること」
「できないこと」
単語レベルでもいいから、とにかく書き出す。
最初は手が止まりがちだったが、書いていくうちに少しずつ整理されていく。
工場の仕事は単調でつらい。
コンビニも、将来にはつながらない気がする。
人と話すのは嫌いじゃない。
でも、営業は向いているか分からない。
特別なスキルはない。
でも、何もできないわけでもない。
「……なんだよ、これ」
思わず苦笑する。
完璧な答えなんて、どこにもない。
でも、少なくとも「何もない」わけではなかった。
そこに気づけただけでも、少しだけ前に進んだ気がした。
スマホを開き、もう一度求人サイトを見る。
前とは違う。
今度は「なんとなく」ではなく、「自分なりの基準」で見ている。
条件、仕事内容、自分に合いそうかどうか。
時間はかかる。
でも、ちゃんと考えながら選んでいる。
その中で、一つの求人に目が止まる。
派手ではない。
年収も特別高くない。
でも、「未経験可」「研修あり」という文字が目に入る。
(……これなら)
根拠は弱い。
でも、前回よりは確実に「考えた上での選択」だった。
テツヤは深く息を吸い、応募ボタンを押す。
指は少しだけ震えていた。
それでも、前とは違う。
「なんとなく」ではなく、「自分で決めた」という感覚があった。
スマホを置き、背もたれに体を預ける。
部屋は相変わらず散らかっている。
生活もまだ何も変わっていない。
それでも、テツヤの中では確実に何かが変わっていた。
楽な道に逃げた自分。
何も考えなかった自分。
どちらも変わっていない。
でも――
「ちゃんと考える」ことだけは、始めた。
それは小さな変化だった。
でも、今までの自分にとっては、大きな一歩だった。
窓の外は静かな夜。
テツヤは目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。
「……まあ、悪くないか」
その言葉には、ほんの少しだけ前向きな響きがあった。
まだ何も始まっていない。
でも、ようやく“スタートライン”に立った気がした。


