【フリーター奮闘記】第31話『ノマドワーカー(高価な場所代)』

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休日の午後。
自室の机に向かいながらも、まったく作業が進まないマサシは、いつものようにスマホで「生産性向上系の記事」を漁っていた。

すると目に飛び込んできたのは、いかにも“できる人間”が好みそうな言説。

「一流のクリエイターは、あえてカフェの雑音の中で集中力を高めている」

「環境を変えることで、脳のパフォーマンスは飛躍的に向上する」

その瞬間、マサシの中で例のスイッチが入る。

「……なるほど」

「今の俺に足りないのは“才能”じゃない。“環境”だ」

そう結論づけたマサシは、迷いなく立ち上がる。
ノートPC、ノイズキャンセリングイヤホン、そしてなぜか“できる男感”を演出するための無駄にスタイリッシュなバッグを手に、街で最もおしゃれなカフェへと向かった。

店内に入った瞬間、漂うコーヒーの香りと落ち着いたBGM。

(……勝ったな)

窓際の特等席を確保し、やたらと長い名前のグランデサイズ・カスタムフラペチーノを注文。
PCを開き、イヤホンを装着し、姿勢を正す。

「素晴らしい……」

「この環境、この空気……今の俺は“作業する側の人間”だ」

完全に自己演出モードに入るマサシ。

しかし、ここからが本番だった。

まず取りかかったのは――作業ではなく「BGM選び」。

「この曲はテンポが速すぎる……集中できない」

「いや、これは歌詞が邪魔だ……脳のリソースを奪う」

プレイリストをスクロールし続けること数十分。
やがて、“究極の作業用BGM”を求める旅は止まらなくなる。

さらに気になり始めるのは、周囲の視線。

(……今、あの人、俺のこと見たか?)

(“できるやつ”って思われてるな……)

誰も見ていないにも関わらず、無駄にキーボードを強く叩く。

ターンッ!

意味もなく英語のニュースサイトを開き、画面をスクロール。

(……よし、知的に見える)

完全に“作業している自分”を演じることに集中していた。

その間にも、甘すぎるフラペチーノは順調に消費されていく。

――数時間後。

急激な眠気が、マサシを襲う。

「……あれ……なんか……」

血糖値の乱高下による、抗えない眠気。

気づけば、腕を組んだまま、完全に意識を失っていた。

――トントン。

「お客様、そろそろお時間ですが……」

店員の声で目を覚ます。

外はすでに真っ暗。

時計を見ると、3時間以上が経過していた。

慌ててPC画面を見るマサシ。

そこに残されていたのは、無慈悲なログ。

――本日のカフェ滞在時間:3時間30分
――タイピング文字数:14文字
――BGM選曲時間:2時間15分

「……少なっ……」

思わず漏れる本音。

高い場所代、甘すぎるドリンク、そしてゼロに近い成果。

「……違う……これは投資だ」

「環境への投資は、未来の成果につながる……」

必死に言い訳を組み立てるマサシ。

だがその指は、すでにスマホを開いていた。

「……次は“最強の作業カフェ”を探すか」

こうしてマサシのノマド生活は――

成果を出すことなく、場所だけを変え続ける旅へと進化していくのだった。