【サラリーマン奮闘記】第13話「360度評価の罠(優しさという名の恐怖)」

オリジナルマンガ

これまで「休日LINE残業」や「電子決裁」など、ことごとくシステムに敗北してきた斎藤課長。さすがに今回は少しは大人しくなるかと思われた――が、その予想はあっさり裏切られる。

ある日の朝。

「タケル、ショウ! いつもご苦労さん!」

満面の笑みで現れた課長は、なんと高級栄養ドリンクと有名店のケーキを差し入れてきたのだった。さらに、「俺はいつもお前たちの成長を第一に考えてるからな!」と、これまで聞いたことのない優しい言葉まで口にする。

突然の変貌に、タケルとショウは顔を見合わせる。

(……おかしい)

(絶対に裏がある)

むしろ優しすぎて怖い。タケルの胃はすでにじんわりと痛み始めていた。

その違和感の正体は、午後すぐに明らかになる。

総務のミユキから、全社員へ通達が出されたのだ。

『本年度より、部下が上司を匿名で評価する【360度評価システム】を導入します』

評価結果は、そのままボーナスや査定に直結する重要な制度だった。

「……なるほど」

タケルは静かに理解する。

あの不自然な優しさは、すべて点数稼ぎだったのだ。

その日の休憩時間、課長はタケルとショウを給湯室に呼び出す。

そして周囲を確認すると、こっそり一枚の紙を差し出した。

そこには手書きでこう書かれていた。

・評価はオール5にすること
・「常に部下思いである」と記載すること
・匿名でもIPアドレスで誰が書いたか分かる(※完全な嘘)

完全に脅迫である。

「分かってるな?」

ニヤリと笑う課長。

「お前たちの評価は、この俺が握ってるんだぞ」

その言葉に、ショウは顔を引きつらせる。タケルは何も言わず、ただ静かに頷いた。

席に戻ったタケルは、PCで評価システムを開く。

(……従うしかないのか……?)

画面には「評価入力フォーム」が表示されている。

評価:5

コメント欄:――

そのとき、タケルの目に一文が飛び込んできた。

『※評価の客観性確保のため、証拠資料があれば添付可能』

タケルの思考が一瞬止まる。

そして――

ピコーン。

何かがつながった。

タケルは無言で席を立ち、複合機へ向かう。

先ほどの「評価強要メモ」を取り出し、丁寧にセット。

カラー、高解像度。

ウィーン……

スキャン完了。

席に戻り、そのデータを評価システムの添付欄にドラッグする。

そして入力欄には、淡々とこう打ち込んだ。

評価:5
コメント:「指示通り評価しました」

最後に、送信ボタンを押す。

ターンッ。

数日後。

フロアに、重い空気が流れる。

総務部長とミユキが、斎藤課長の前に立っていた。

「斎藤課長」

「あなたの評価自体は“オール5”でした」

課長の顔が一瞬ほころぶ。

しかし、次の瞬間。

「ただし、添付されていた証拠資料により」

「評価の強要およびパワーハラスメントが確認されました」

空気が凍る。

「至急、人事部へ来てください」

「なっ……!? そ、そんな……!」

課長の顔は一気に青ざめる。

「あんなシステムに添付機能なんてあったのかぁぁ!」

そのまま連行されていく課長。

フロアには静寂が戻る。

タケルはゆっくりと引き出しを開け、いつもの胃薬を取り出す。

水で流し込み、静かに息を吐く。

(評価は……ちゃんと5にしましたよ、課長)

胃の痛みは消えない。

だが確かに、また一つ。

小さな勝利がそこにあった。