オリジナルWeb漫画:フリーター奮闘記シリーズ |テツヤの成り上がり|第26話
「絶対、テツヤも変われるよ」
帰り道で佐藤に言われたその言葉が、頭に残っていた。
部屋に戻っても、妙に落ち着かない。
机の上にはノート。
「居心地は悪くない」
「でも少し怖い」
昨日書いた言葉を見つめながら、テツヤは小さく息を吐く。
(……何が怖いんだろうな)
自分でも、うまく説明できなかった。
怪しい。
もちろん、その感覚はある。
でも、それだけじゃない。
あの場所には、“入り込みやすい空気”があった。
笑顔。
励まし。
仲間意識。
普段の生活では、あまり感じないもの。
だからこそ、心が揺れる。
数日後。
佐藤からメッセージが届く。
「今日、また集まりあるけど来る?」
短い文章。
テツヤはスマホを見つめる。
少し迷う。
だが――
結局、「行きます」と返信していた。
自分でも理由は分からない。
気になる。
確かめたい。
そんな感情だった。
夜。
レンタルスペース。
前回より人が多い。
部屋の熱気も強い。
「お疲れ様です!」
「佐藤さんの後輩ですよね?」
また、初対面とは思えない距離感。
テツヤは軽く会釈する。
部屋の奥では、誰かが笑顔で話している。
別の場所では、数人がスマホ画面を見ながら盛り上がっている。
「今月かなり伸びたんですよ!」
「行動した結果ですね!」
そんな声が聞こえる。
どこか、“成功している空気”が作られていた。
テツヤは席に座る。
前回のスーツ姿の男が、今日も前に立つ。
穏やかな笑顔。
丁寧な口調。
話の内容も、一見まともだった。
「人生は環境で変わります」
「誰と関わるかで未来は変わる」
周囲は頷く。
拍手も起こる。
だが今回は、前回と違うものが見えていた。
“同じ言葉”。
誰もが似たような話をする。
「行動」
「自由」
「可能性」
「仲間」
その言葉が、何度も繰り返される。
休憩時間。
テツヤは端の席で缶コーヒーを飲んでいた。
その時だった。
「テツヤ君って、友達多い?」
突然、女性メンバーが聞いてくる。
「え?」
「いや、向いてそうだなって」
笑顔。
悪意はない。
だが、その言葉に少し引っかかる。
「人に話すの上手そうだし」
「絶対広がるタイプですよ!」
周囲も笑顔で頷く。
テツヤは曖昧に笑う。
(……広がる?)
その瞬間。
今までぼんやりしていたものが、少しだけ形になる。
“人を増やす”。
この場所は、その空気が強い。
さらに別の男性が話しかけてくる。
「最初はみんな不安なんですよ」
「でも、“本気で人生変えたい人”だけ残るんです」
その言い方に、少しだけ胸がざわつく。
(……断りづらいな)
気づいてしまう。
ここでは、
「やらない」
「距離を置く」
それが、“逃げ”のように見える空気がある。
もちろん、誰も強制はしない。
怒鳴る人もいない。
でも――
“前向きじゃない人”になる空気。
それが、じわじわ存在していた。
休憩後。
佐藤が隣に座る。
「どう?」
嬉しそうな顔。
その表情を見ると、強く否定できない。
佐藤は本気で信じている。
だからこそ、苦しい。
「……皆さん、熱量すごいですね」
そう答えると、佐藤は笑う。
「だろ?」
「やっぱ“本気で変わりたい人”って強いんだよ」
その言葉に、テツヤは黙る。
“変わりたい”。
その気持ちは、自分にもある。
だから、この場所が完全に間違っているとも言い切れない。
でも――
(なんか、息苦しい)
その感覚も消えなかった。
帰り道。
夜の街を歩く。
佐藤は楽しそうに話している。
「ここ入ってから、考え方かなり変わったんだよな」
「前より前向きになれたし」
その横顔は、本当に嬉しそうだった。
テツヤは、その顔を見ながら思う。
(佐藤さん、救われたんだな)
だからこそ、否定しづらい。
でも、自分はまだ――
完全には信じきれなかった。
部屋に戻る。
ノートを開く。
しばらく考える。
そして、ゆっくり書く。
「断りづらい空気がある」
さらに続ける。
「皆、悪い人には見えない」
ペンが止まる。
そして最後に書く。
「でも、少し苦しい」
静かな部屋。
テツヤは、“居心地の良さ”の裏側を、少しずつ感じ始めていた。

