オリジナルWeb漫画:フリーター奮闘記シリーズ 第15話
コンビニのバイト先、更衣室。
夜勤前の静かな時間。
ロッカーの前で着替えているマサシに、後輩の大学生・健太がふと声をかける。
「マサシさんって……」
「私服、いつもそのグレーのパーカーですよね」
健太は悪気なく、ただの素朴な疑問として聞いただけだった。
しかしその瞬間、マサシの口元がゆっくりと歪む。
「……気づいたか」
まるで待っていた質問のように、マサシはゆっくり振り向く。
「これはな」
「ただのパーカーじゃない」
健太は少し戸惑った表情で立ち尽くす。
マサシは腕を組み、どこか得意げな顔で語り始めた。
「俺は“決断のコスト”を下げてるんだ」
「決断のコスト……?」
健太が聞き返す。
「そうだ」
マサシは静かに頷く。
「人間の脳ってのはな、日々の小さな選択でもエネルギーを使う」
「今日は何を着るか」
「どの服を選ぶか」
「そんなことに思考力を使うのは、無駄なんだよ」
そして少し得意げに続ける。
「スティーブ・ジョブズもそうだったろ?」
「同じ服を着ることで、余計な判断を減らしてた」
「その分、クリエイティブな思考に集中できる」
更衣室の空気が少しだけ静まる。
健太はしばらく黙ったあと、小さく頷く。
「へぇ……」
しかしその表情は、どこか引いている。
マサシはそれに気づかない。
むしろ心の中では満足していた。
(また一つ……)
(凡人に真理を教えてしまったな)
夜勤を終え、マサシは少し誇らしげな気分で帰宅する。
“決断のコスト理論”。
今日も自分の合理的な生き方を証明できた気がしていた。
その日の夜。
マサシはコインランドリーに座っていた。
深夜の店内は静まり返っている。
目の前では洗濯機がゆっくり回っていた。
ぐるぐる回るドラムの中には――
グレーのパーカー。
マサシの唯一の一張羅である。
洗濯中のため、マサシは今、ヨレヨレの肌着一枚。
冷たい夜風が、ガラス越しに入り込んでくる。
「……寒い」
腕を抱きながら震えるマサシ。
さっきまでの哲学的な表情は、どこにもない。
「クリエイティブな思考どころじゃない……」
小さくつぶやく。
洗濯機の中で、パーカーは静かに回り続けている。
その前で、マサシはただ震えながら洗濯終了を待つのだった。


